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福岡高等裁判所那覇支部 平成10年(ネ)87号 判決 1999年8月31日

控訴人 屋良朝健

右訴訟代理人弁護士 与世田兼稔

阿波連光

被控訴人 上間ミヱ子

右訴訟代理人弁護士 新垣勉

主文

一  原判決中主文第一項を取り消す。

二  被控訴人の主位的請求及び当審における新たな予備的請求をいずれも棄却する。

三  控訴人の反訴請求についての控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  主文第二項と同旨

3  被控訴人は、控訴人に対し、三四〇万円及びこれに対する平成七年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

3  (当審における新たな予備的請求)

控訴人は、被控訴人に対し五〇万円を支払え。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、控訴人と被控訴人との間の土地売買契約につき、被控訴人が、本訴請求として、控訴人に対し、主位的には、控訴人において債務不履行があったとして、約定の損害賠償金及びその遅延損害金の支払を、予備的には、民法五五七条に基づき、未払の手付け倍額償還金の支払をそれぞれ求めたのに対し、控訴人が、反訴請求として、被控訴人に対し、被控訴人に債務不履行があったとして、約定の損害賠償金及びその遅延損害金の支払を求めたという事案である。

二  争いのない事実等

1  控訴人は、平成七年五月二二日、大和商工株式会社(以下「大和商工」という。)の仲介により、被控訴人に対し、沖縄県中頭郡北谷町《中略》五番九の宅地三三〇・五九平方メートル(以下、右一筆の土地を「五番九の土地」という。)のうち、道路寄りの一三二・五平方メートル(原判決添付別紙図面Aの部分で、間口九メートル。以下「本件土地」という。)を次のとおりの約定で売り渡した(以下、右契約を「本件売買契約」ないし「本件売買」という。)。

(一) 売買代金 一七〇〇万円

(二) 手付金 五〇万円(以下「本件手付金」という。)

(三) 物件引渡日 同年七月二二日

(四) ローン特約 被控訴人は、銀行、公庫のローンの借入れをして(ローン申込額・一七〇〇万円、関係書類提出日・同年五月二九日)、売買代金を支払うこととし、ローン借入れ不可能の場合には、控訴人は、受領した金員を被控訴人に返還して売買契約を解除するものとする。ただし、被控訴人が契約締結後、勤務先を変更したり、必要書類等の提出を遅滞したりした場合は、この限りでない。

(五) 賠償の予定 控訴人の債務不履行によって本件売買契約が解除された場合には、控訴人は、被控訴人に対し、手付金の倍額を支払わなければならず、被控訴人の債務不履行によって本件売買契約が解除された場合には、被控訴人は、控訴人に対し、手付金の返還を求めることができない。ただし、契約の履行に着手した後は、それぞれ売買代金の二〇パーセントを支払わなければならない。

2  本件土地は、都市計画法上の地区計画(北谷町桑江地区地区計画)の区域に含まれており、同計画により、道路側境界から二メートルは歩道と一体として整備されるものと定められ、建築物の外壁等は道路境界線から二メートル以上離さなければならないとの規制(以下「本件道路規制」という。)があった。

3  被控訴人は、同年六月二五日、仲介業者である大和商工に対し、本件手付金五〇万円を預けた。

4  控訴人は、同年一一月八日到達の内容証明郵便で、被控訴人に対し、五日以内に本件売買代金を支払うように催告するとともに、右支払がされないときは、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件第一解除」という。)。

5(一)  大和商工は、同年一〇月二二日、被控訴人に対し、預かっていた本件手付金五〇万円を返還しようとしたが、これを拒絶されたため、同月二七日、これを那覇地方法務局沖縄支局に供託した。

(二) 被控訴人は、同年一一月二九日、右供託金の還付を受けた。

6(一)  被控訴人は、平成一〇年一月二七日の原審口頭弁論期日において、控訴人が履行拒絶の意思を明確に示したとして、控訴人に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件第二解除」という。)。

(二) 被控訴人は、右の原審口頭弁論期日において、控訴人の右4の本件第一解除の意思表示は、本件売買契約の合意解除の申入れの趣旨を含むものであるとして、控訴人に対し、これを承諾する旨の意思表示をした(以下「本件合意解除」という。)。

三  争点

1  事情変更による本件売買契約の不成立ないし錯誤無効の成否

(控訴人の主張)

本件土地には、前記争いのない事実等2のとおり、本件道路規制があったが、仲介業者である大和商工は、被控訴人に対し、右事実を説明しなかったため、被控訴人は、本件土地全体を宅地として利用できるという前提で、建物建築を計画していたところ、その後に右事実が判明したため、控訴人に対し、さらに、控訴人の保有する五番九の土地のうち、本件土地を除いた部分の一部を借地として提供してほしい旨要請するに至ったが、その時までに控訴人に対して本件手付金を交付していなかった。

これらの事情に照らすと、本件売買契約は正式に成立していないとみるべきであるか、あるいは、要素の錯誤により無効であると解すべきである。

2  本件第一解除の有効性

(被控訴人の主張)

被控訴人には、以下のとおり、債務不履行責任がないので、控訴人による本件第一解除は何ら効力がない。

(一) 支払期限の変更

本件売買契約における物件引渡日は、一応、平成七年七月二二日と定められてはいたものの、実質的にはローン融資時とするものであった。そして、被控訴人は、当初、株式会社沖縄銀行(以下「沖縄銀行」という。)に融資申込みをしたものの、融資内定額が低かったことなどから、融資銀行を株式会社琉球銀行(以下「琉球銀行」という。)に変更することを控訴人に説明し、その了解を得て、改めて琉球銀行に融資申込みをしたのであるから、これにより、本件売買代金の支払期日は、右琉球銀行による融資の実行時までに変更されたものである。

(二) 同時履行の抗弁権の存在

被控訴人による本件売買代金支払債務は、控訴人による本件土地の引渡し及び土地所有権移転登記手続の各債務と同時履行の関係に立つが、控訴人は、本件第一解除の際、その履行の提供を全くしていない。

(控訴人の主張)

次のとおり、被控訴人の債務不履行は明らかであり、本件第一解除は有効である。

(一) 控訴人は、被控訴人の要請に応じて、本件売買契約の代金支払期限を平成七年七月二二日から同年一〇月末日まで猶予したに過ぎず、支払時期を琉球銀行の融資実行時に変更した事実はない。

(二) 本件売買契約において分筆登記手続は先履行とされていない。また、本件売買契約において、地積は実測によるものとされていたにもかかわらず、控訴人と被控訴人との間で、売買対象土地の範囲を特定するための杭打ち等の境界確認作業はされていなかったのであるから、控訴人のみで分筆登記手続をすることは事実上困難であった。

そして、控訴人としては、被控訴人において売買代金の準備ができたと聞けば、分筆登記手続をするつもりであったにもかかわらず、被控訴人は、右のとおり、専ら被控訴人側の事情により、同年一〇月末日まで期限の猶予を受けながら、売買代金の支払ないしその提供をしていないのであるから、控訴人は、予め分筆登記手続等をしなくとも、被控訴人に対し、売買代金の支払を催告し、本件売買契約を解除することができるというべきである。

3  ローン不成立による本件売買契約の解除の成否

(控訴人の主張)

本件売買契約には、前記争いのない事実等1の(四)のとおりのローン特約が付けられているところ、約定の平成七年七月二二日までにローン融資実行の決定がされず、さらに売買代金の支払が猶予された同年一〇月末日になっても、ローン融資実行には至らなかったのであるから、本件売買契約は、無条件解除となるべきものであり、少なくとも本件第一解除は、右特約に基づく解除としての効力を有するか、あるいは、被控訴人が本件手付金の還付を受けたことにより、無条件解除が合意されたものというべきである。

4  本件第二解除の有効性

(被控訴人の主張)

前記2の被控訴人の主張のとおり、被控訴人には債務不履行がないにもかかわらず、控訴人は、本件第一解除の意思表示をしたほか、銀行の融資担当者にも被控訴人に本件土地を売却しない旨を明らかにするなどして、履行拒絶の意思を明確に示しており、このような態度は、控訴人の債務不履行の一種に他ならない。

したがって、被控訴人による本件第二解除は有効である。

(控訴人の主張)

控訴人は、既に本件第一解除により本件売買契約を解除しており、控訴人には何ら債務不履行は存しない。

5  解約手付による解除権の行使ないし本件合意解除の成否

(被控訴人の主張)

控訴人による本件第一解除は、債務不履行解除としての効力はなく、民法五五七条の解除権を行使したものと解すべきであるから、本件手付の倍額一〇〇万円を支払うべき義務がある(ただし、前記争いのない事実等5のとおり、五〇万円は大和商工において支払済み)。

仮にそうでないとしても、本件第一解除は、本件売買契約の合意解除の申入れの趣旨を含むものであるから、前記争いのない事実等の6の(二)のとおり、被控訴人が控訴人に対しこれを承諾する旨の意思表示をしたことにより、合意解除が成立したものである。

(控訴人の主張)

控訴人による本件第一解除は、被控訴人の債務不履行を理由とするものであって、合意解除の申入れの趣旨を含むものではない。

6  被控訴人の履行の着手の有無

(被控訴人の主張)

本件売買契約には、ローン特約(前記争いのない事実等1の(四))が付されているところ、被控訴人は、平成七年八月二八日、控訴人の了解を得て、琉球銀行に融資申込みをし、手続を開始しているから、被控訴人は、本件売買契約の履行の着手をしている。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、売買代金の二〇パーセントにあたる三四〇万円の損害金の支払を求めることができる。

(控訴人の主張)

本件売買契約のローン特約が、ローン不可能な場合には無賠償による解除を認めている趣旨からしても、被控訴人の琉球銀行に対する融資の申込みは、履行の着手ではなく、その準備的行為に過ぎないというべきである。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、売買代金の二〇パーセントの損害金の支払を求めることはできない。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

本件売買契約が成立していることは、当審の第六回口頭弁論期日において、控訴人が前述のとおりの主張(争点1に関する控訴人の主張)をするまでは当事者間に争いがなかったものであり、《証拠省略》上も明らかであって、被控訴人による本件手付金五〇万円は、仲介業者である大和商工が預かったままで、売主である控訴人には交付されていなかったとしても、本件売買契約が不成立であるということはできない。また、いったん有効に成立した本件売買契約が、控訴人の主張するような事後的な事情によって不成立に変わるということはありえない。

また、本件土地には本件道路規制が存在したことについては、前記争いのない事実等2のとおりであり、《証拠省略》によれば、大和商工は、被控訴人に対し、本件土地に本件道路規制があることを説明しなかったため、被控訴人は、本件土地全体を宅地として利用できるものと考えていたことが認められるが、右のとおりの事情の有無が本件売買契約の要素として表示されていたことを認めるに足りる証拠はなく、したがって、本件売買契約が被控訴人の錯誤により無効であるとは認められない。

二  争点2ないし5について

1  前記争いのない事実等、《証拠省略》によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 控訴人は、平成五年一〇月に五番九の土地(ただし、当時は、平成七年四月二六日付けの土地区画整理法による換地処分前の沖縄県中頭郡北谷町字桑江長港原一三六番二の土地であるが、既に五番九の土地に仮換地されていた。以下、右換地処分前の事実については同様。)を贈与により取得したが、約一六七〇万円の贈与税を支払う必要が生じたことから、五番九の土地の一部を売却しようと考え、平成六年ころから、不動産業者を介するなどして、その買い手を探していた。

(二) 他方、被控訴人は、美容室を経営していたが、平成七年ころ、美容室兼自宅を新築しようと考え、同年三月、その費用の一部助成等を受けられる地域雇用開発助成金の申請を国に対して行うとともに、右美容室を建設するための土地を探すうち、五番九の土地の一部のことを知り、仲介業者である大和商工に対し、本件土地を売ってほしい旨申し入れた。

三  その後、被控訴人と控訴人は、同年五月二二日、本件売買契約を締結するに至ったが、その際は、仲介業者である大和商工を介して、土地売買契約書(ローン付)にそれぞれ署名押印しており、被控訴人と控訴人が直接会って右契約をしたわけではなかった。

右契約締結にあたり、大和商工の宅地建物取引主任者は本件土地に本件道路規制があることを知らなかったため、被控訴人に対する重要事項説明において、その内容等を告げなかったが、他方、控訴人は、右重要事項説明に立ち会っておらず、当然に被控訴人がこれを了解しているものと考えていた。

そして、本件売買契約においては、被控訴人が、銀行、公庫のローン融資を得て(ローン申込額・一七〇〇万円、関係書類提出日・同年五月二九日)、売買代金を支払うものとし、ローン借入れ不可能の場合には、控訴人は受領した金員を被控訴人に返還して売買契約を解除するものとする旨のローン特約が付けられていたが、その期限としては、二か月程度あれば銀行及び沖縄振興開発金融公庫(以下「公庫」という。)の融資が実行されるであろうという見込みの下に、同年七月二二日と定められた。

また、大和商工の宅地建物取引主任者は、被控訴人に対する重要事項説明において、金銭の貸借のあっせんにつき、「金銭貸借不成立の場合、無条件解約の上、受入金を全額返金する」と説明した。

(四) その後、被控訴人は、同年五月三一日、株式会社新洋沖縄ハウス産業事業部との間で、本件土地上に被控訴人の美容室兼自宅を二三八七万円(消費税含む。)で建設する旨の工事請負契約を締結し、同年六月二九日、同社に契約金五〇万円を支払った。

(五) 被控訴人は、本件売買契約の売買代金及び右請負代金の支払のため、同年五月末ないし六月初めころ、沖縄銀行普天間支店及び公庫にローン融資の申込みをしたが、沖縄銀行では被控訴人の希望する金額の融資を受けられないことが判明したため、同年六月ころ、同銀行に対する融資申込みを取り下げた。

(六) 被控訴人は、同年六月二五日、仲介業者である大和商工に対し、本件手付金五〇万円を預けたが、同社は、被控訴人の沖縄銀行への融資申込みが予定どおり進まず、また、本件土地につき、控訴人が同年四月二二日にアイフル株式会社のために条件付地上権設定仮登記手続をしていたことなどから、控訴人に対し、被控訴人から預かった右手付金を交付せず、また、右手付金を預かったことも告げなかった。

(七) その後、同年七月二二日の本件売買契約の代金支払期日が経過したため、控訴人は、同月末ころ、大和商工に対し、代金の支払を催促したところ、同社から右支払を同年八月末日まで猶予してほしい旨依頼されたことから、これに応じた。

他方、被控訴人は、前述のとおり、沖縄銀行から希望する金額の融資を受けられなかったため、同年八月二八日、融資銀行を琉球銀行に変更した上、融資希望金額を一九七〇万円として、同銀行にローン融資を申し込むとともに(借入れ予定日・九月二八日)、大和商工を介して、控訴人にその旨伝えてその了解を得、代金支払期日をさらに同年九月末日まで猶予してもらった。

しかしながら、被控訴人は、琉球銀行においても、担保不足を指摘され、右希望金額全額を融資することはできない旨言われたため、同年九月四日、右融資申込みをいったん取り下げた上、その後、同銀行との間で、融資可能な金額を交渉するとともに、控訴人から代金支払期日をさらに同年一〇月末日まで猶予してもらうに至った。

(八) 控訴人は、その間、五番九の土地から本件土地を分筆する作業をしていなかったが、五番九の土地は、土地区画整理法による換地処分を受けた土地であるので、境界等に問題がなく、容易に分筆できることから、被控訴人から代金の準備ができた旨の連絡があり次弟、これを行う予定であった。

(九) 他方、被控訴人は、その間、本件土地全体を宅地として利用できる前提で、美容室兼自宅の請負工事を依頼した株式会社新洋沖縄ハウス産業事業部の設計室との間で、設計の打ち合わせ等をするうち、間もなく、同設計室から本件道路規制を指摘され、道路側から二メートルは建物が建てられないことを知った。そこで、被控訴人は、同設計室とともに、右規制を前提に、それ以外の部分に建物を納めることを検討したが、隣地境界線から五〇センチメートル以上離さなければならないという地区計画による規制があるため、現状では、被控訴人の希望する規模の美容院が建てられないことが判明した。

そこで、被控訴人は、大和商工を介し、同年九月ころ、控訴人に対し、五番九の土地のうち、本件土地の南側に隣接する通路部分(原判決添付別紙図面Bの部分。以下「B部分」という。)を五〇センチメートル幅で賃借したい旨申し入れたところ、控訴人は、いったんこれを了解した。

(一〇) その後、被控訴人は、B部分の一部を借り受けるよりは、本件土地の東側部分(原判決添付別紙図面Cの部分。以下「C部分」という。)の一部を買い取りたいと思い、同年一〇月初めころ、大和商工を介して、控訴人にその要望を伝えた。

これに対し、控訴人は、売買代金の支払のための融資に時間がかかりすぎていながら、本件売買契約の内容とは関係のない要望が次々と出されることに憤り、右要望を断るとともに、B部分の借地の件も白紙に戻す旨を大和商工に伝えた。そこで、被控訴人は、再度、控訴人にB部分の一部の賃借を申し入れたが、控訴人は、これに応じなかった。

(一一) 大和商工は、同年一〇月末日までに被控訴人のローン融資が実行される見込みがなかったことから、同月二二日、本件売買契約をいったん解消するため、被控訴人から預かっていた本件手付金を被控訴人に返還しようとしたが、被控訴人にその受領を拒絶されたため、同月二七日、これを那覇地方法務局沖縄支局に供託した。

(一二) 控訴人は、本件売買契約を解除する意向を固め、改めて五番九の土地の買主を探し出すとともに、同年一〇月末日の期限が経過した後、同年一一月八日到達の内容証明郵便で、被控訴人に対し、五日以内に本件売買代金を支払うように催告するとともに、右支払がされないときは、本件売買契約を解除する旨の本件第一解除の意思表示をした。

(一三) これに対し、被控訴人は、同月一〇日、融資希望金額を一六〇〇万円に下げ、再度、琉球銀行にローン融資(借入れ予定日・同月二四日)を申し込むとともに、代理人弁護士を介して、「ローン融資の内定がおりており、間もなく一二月中旬には貸付けがされることから、融資がおり次第、代金を所有権移転登記書類の受領と引換えに支払うので、それまでに土地の分筆登記手続を済ませ、書類を揃えておいてほしい」旨回答した。しかしながら、控訴人は、同年一一月二七日到達の内容証明郵便で、被控訴人に対し、支払期限の延期はしていないので、既に本件売買契約は解除されている旨を通知した。

それでもなお、被控訴人は、同月二九日、前記供託金の還付を受けた上、大和商工を介し、控訴人に対し、本件売買契約を維持したいので、本件手付金を受け取ってほしい旨申し入れたが、控訴人は、これに応じず、その後、琉球銀行から売買の意思の問い合わせがあった際も、本件土地を被控訴人に売却する意向がない旨を伝えた。

2 右1の認定事実によれば、本件売買契約には、被控訴人が、銀行、公庫のローン融資を得て、売買代金を支払うものとし、ローン借入れ不可能の場合には、控訴人は、受領した金員を被控訴人に返還して売買契約を解除するものとする旨を定めたローン特約が付されており、その住宅ローン融資を得る期限は、当初、平成七年七月二二日と定められ、その後、最終的には同年一〇月末日まで猶予されたものの、被控訴人は、同日までに、複数の金融機関にローンの申込みをしながら、結果的には右期限内にローン融資を得ることができなかったものということができる。

ところで、右ローン特約の趣旨は、一般人が土地建物を購入する場合には、金融機関から融資を受けて売買代金の一部に充当するのが通常であるところ、買主が一定の期間内にローン融資を受けることができない場合において、通常の債務不履行と同様に、手付金没収や損害賠償義務の負担を強いられることになると、買主に酷となるため、買主が通常の手続どおり金融機関にローンの申込みをしたにもかかわらず、ローンが実行されない場合には、無条件(無賠償)の解除を認めるとともに、他方、ローンの実行の成否が、無期限に留保されて判明しないことになると(買主が、ある金融機関に融資を断られた後に、さらに別の金融機関に申込みをしたり、あるいは、融資条件を変更して改めて申込みをし直したりすることもありうる。)、売買契約の成否が確定しないまま、売主が対象物件を他の第三者に売却することもできないといった不利益を負担し続けることになりかねないため、ローンが実行されるべき期限を設け、右期限経過後は、その後のローンの成否の見込みにかかわらず、売買契約に拘束されないことを定めたものと解される(なお、当事者間でさらに期限を猶予することが可能なことはいうまでもない。)。

そして、本件においては、ローン実行の期限は定められているものの、解約権行使の時期や方法等の定めはなく、ローン特約の文言や重要事項説明の内容等を総合すると、右ローン特約は、被控訴人が遅滞なく必要書類等を提出してローンの申込みをしたにもかかわらず、期限内にローンが実行されない場合には、改めて期限の猶予等の合意がされない限り、右期限の経過をもって当然に本件売買契約が解除となる旨を定めたものというべきである。

3 したがって、被控訴人が遅滞なくローン融資の申込みをしている以上、期限内に融資が得られなかったことにより、当然に本件売買契約は解除されたものというべきであって、売買代金の不払を債務不履行解除の原因とすることはできないから、本件第一解除は、その効力を有しないというべきである。

なお、前記認定の本件売買契約締結後の事実関係に照らすと、被控訴人は、当初のローン申込みを遅滞しておらず、その後に期限の猶予を得た後も、具体的事情に応じて適当なローンを得ようと努力していたことが窺えるから、ローンを得るべき債務を怠ったということもできない。

4 他方、控訴人が、右猶予後の期限(平成七年一〇月末日)の到来前に、本件売買契約の履行を拒絶したことを認めるに足りる証拠はなく、前記認定事実によれば、控訴人は、被控訴人へのローン融資が実行されなかったことから、それ以後、本件第一解除の意思表示をするなど、本件売買契約の履行を拒絶するようになったものと認められ、前判示のとおり、その時点では既に本件売買契約は無条件で解除となっている以上、右履行拒絶をもって債務不履行であるということはできない。

また、右のとおり本件売買契約が解除となっている以上、本件第一解除をもって、民法五五七条の解除権の行使であるということもできない。

三  結論

以上によれば、その余の事実について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求(主位的請求及び予備的請求)及び控訴人の反訴請求は、いずれも理由がなく棄却すべきである。

したがって、原判決中、被控訴人の本訴請求(主位的請求)を認容した部分は相当でないから、これを取り消した上、被控訴人の主位的請求及び当審における新たな予備的請求をいずれも棄却し、控訴人の反訴請求を棄却した部分は正当であるから、この点に関する控訴人の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六七条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯田敏彦 裁判官 吉村典晃 大野勝則)

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